Tree of Savior

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"終戦"

「これは越権行為です、将軍! 」

シュヴァルツライターマスターのウオシス・クリークが声を荒げながら、
向かい合って座っている青年──たしか自分とほぼ変わらない歳だ──に言い放った。
彼らは野戦幕舎の中でテーブルを挟み、背もたれのない椅子に座って向かい合っていた。

「そんなことはありませんよ。」

向かいに座っている青年、もとい王国軍の将軍ラミンは、対照的な穏やかさで答える。

「そんなことはない、ですと? 領地間の争いは儀典大臣の権限です。
ベイキアル儀典大臣はここの民たちの意向と先代からの付き合いを考慮し、
特別に今回の領地争いの件は当事者たちに一任しました。
領民の命や財産に被害を及ぼしてはいけないのと、
領主警備兵との戦闘は認めるが、命を奪うことを目的としてはいけない……という条件付きですが。
とにかくこの件は、軍部が介入することではありません。
貴族の領地争いに王国軍が介入すると、私に留まらず他の大勢が軍務大臣に抗議するでしょう。
そうなるともう、国王も黙ってはおられないはずです。」

「言うまでもなく、軍務大臣は儀典大臣の権限を侵す権利もありませんし、意向もありません。
それは王室親衛隊である王室騎士団や軍部の他の将軍たちも同じ考えでしょう。」

「お言葉ですが、今私の目の前に王国軍のラミン将軍がおられ、
そのご本人の口から出た言葉とあっては、いささか信憑性に欠けると思いますね。」

「一応、私と仲間たちは休暇中ということになっています。軍務大臣からは、
休暇のついでに王国各地を回りながら軍用地として使える土地を探せ……という命令は受けましたが。
ちょうどそんな時に、主がおらず軍用地としても良さそうなこの土地の話を聞いたのです。
王国軍として、確保したいと考えるのは当然ではありませんか?
従って、この領地を巡って貴族たちの争いが起きていようと、
その貴族たちが傭兵団を雇って対立中であろうと、それは我々と関係ありません。
そもそも、領地争いがなかったとしても、我々はここを軍用地として使うつもりなのですから。」

ウオシスはラミンの言い分を聞き、しばらく考え込んでから口を開いた。

「……王国軍の将軍としての公式な立場からの見解については分かりました。
ですがラミン将軍、あなた自身の本音はどうなのですか? ぜひお聞かせください。」

「正直に申し上げますと、たしかに領地争いがなかったなら、
我々が軍用地云々で介入することはなかったと思いますよ。」

そう言い、ラミンはしばらくためらってから話を続けた。

「シュヴァルツライターマスター、ウオシス・クリーク……。」

ウオシスは、ラミンが将軍として改めて丁重に自分の役職と名前を呼んだことを踏まえ、姿勢を正して出方を待つ。
ラミンはウオシスがマスターとして話を聞く準備ができたと判断し、再び口を開いた。

「本当のことを申し上げましょう。確かに私のしていることは越権行為です。
儀典大臣の仕事に介入し、上から任されたことでもないのに、
モンクマスターのオルファス・グリムと、クリオマンサーマスターのアリスター・クロウリーを見張っています。
また、 "星の塔" がその強大な武力の矢をいつどこに向けるかも心配です。
そして、いま話した人物や組織は、王国の安全を脅かす要素なのです。
軍人の立場からは公的に介入できず、
また見張っているということが知られれば厄介なことになってしまいます。
我々が介入できるのは、憂慮していることが現実になった時です。」

「……それが現実に起きてから、王と王室の命により軍を率いて解決すれば良いのでは? 」

「ふっ……私の記憶がたしかなら、そのような正論云々が息苦しくなり
将来の王国大将軍という評価を捨て傭兵団を創設したのは、他ならぬ貴公だったはずですが?
私が正直に申し上げた理由は、マスタークリークなら話が通じると思ったからです。」

「つまりあなたは、憂慮していることが起きてからでは遅いと……。
それが起きてから軍を動員しても、王国への被害は大きくなるだけで部下たちも失うかもしれず、
規則・規範を気にしながらただ黙って見守っているわけにはいかない。
だから、法を侵さない範囲であらかじめ行動を起こす……という見解をお持ちなのですね。」

「その通りです。
王国法を侵さない範囲なら、当然危険要因に備えて動くのが王国軍の将軍たる者の務めでしょう。」

「いいでしょう。私もその見解には賛同します。
もっとも、私が "将来の王国大将軍" という評価は言い過ぎですがね。
その評価が相応しいのはラミン将軍、あなたの方だと今でも思っていますよ。」

「私より立派な将軍は大勢います。おそらく、私が王国軍の総司令官になる日は訪れないでしょう。」

「ご謙遜なさらずとも……失礼、話を続けましょうか。」

「ベイキアル儀典大臣は聡明で、素晴らしい能力を持つ官僚です。
彼のことをプリミア・エミネントの名を受け継ぐ名宰相と褒め称える人もいるほどです。
ところが、この何年かの彼の仕事を見ていると、何となく引っかかることがあります。
今回の領地争いもまさにそうです。
先代領主の善政を覚えている領地の民たちは
亡くなった領主のご子息なら誰でもいいから早く決めてほしいという態度ですが、
儀典大臣は、一線を越えない程度とはいえ、あえて当人同士で解決させる方針です……。」

「しかしそれでは、もし雇われた傭兵団が "黄金の歌" と "刃の誓い" ではなかったなら、
現状のように契約で制御された戦いには収まらなかったことでしょう。
つまり……最終的には領主とその民の責任になるのをいいことに、
儀典大臣はむしろ争いを煽って大きくしようとしているのではないか?
もちろん証拠はないが……というところですか。」

「さすがです、マスタークリーク。
証拠だけではなく、先ほど申し上げましたとおり、その過程と論拠も特段怪しいものではありません。
それにどちらかと言えば、二人のマスターとそれぞれの傭兵団がこの戦いに釘付けとなることで、
むしろほかの何かへ影響を及ぼそうとしているのではないか……と疑っています。」

「将軍のおっしゃりたいことはよく分かりました。
もっともその前に、あらかじめ解決しておきたいこともありますが……。
たしか、ほかのマスターたちと星の塔も見張っていると? 」

「クリーク殿もマスターですからご存知かと思いますが、
マスターは王国からとくに爵位を与えられなくても、上級貴族の待遇を受けています。
それは、マスターが実力でその地位を手に入れたからです。
しかし、彼らがその能力を私欲のために利用するとなれば……。
その可能性が高いと思われる方には注意すべきと思っています。」

「マスターの中には、コルセアマスターハイレイバーンのような無法者もいますからね。」

「私は、いくら王国海軍を補強するためとはいえ、
ロンメル国王自らが海賊の船長を国公認で任命しマスターの地位を与えたことに関して、
ただちに撤回すべきだと思っています。
忌々しい海賊どもが……何百年も昔の形骸化した証を意味も理解しないまま受け継ぎ、
そのくせ王国が公認した海賊マスターだと偉そうにのたまう……もう見ていられません。」

「ですが、先代国王の証を撤回することは難しいでしょう。
あの証は実力で手に入れるもの。
その確たる実力を証明した者はマスターの座につく資格がある……と
六百年前カデュメル国王の布告文に書かれたことにより、
後代の国王たちも結局あの証を無効化することができず、
ハイレイバーンの手に渡り、今に至る……というわけですから。」

「不忠な話かもしれませんが、その件ひとつを取ってみても、
カデュメル国王は良き君主ではありませんでしたね。」

「カデュメル国王が暴君だったことは、王国中が知っていることではありませんか。」

「自分が海軍所属ではないことが、じつに残念です。
そうであれば、自らハイレイバーンを討伐できるものを。」

「ところで……将軍が星の塔のことも懸念していたとは、じつに意外です。
シャッフェンスターは王国と数世紀にわたって同盟を組んできた頼れる組織ですし、
今のガイカン・メケン団長も信頼できそうに思えるのですが。」

「ええ。私も、彼らが永らく伝統を守ってきたことは高く評価しています。
メケン団長に関しても、能力と人柄両方とも素晴らしいとは思っています。
ただ、シャッフェンスターは団員数が多く、
その中には脅威に値する実力の持ち主もいるうえに、自治権まで持っています。
今までは彼らが初代団長リディア・シャッフェンの遺志を継いできましたが、
これからもそうなるという保証はありません。
軍人の観点から見ると、今すぐシャッフェンスターが星宿の湖を自分たちの領土と宣言する──
つまり独立国家をつくった場合、王国軍はなすすべもありません。
"世の中に難攻不落の要塞はない。いかなる要塞でも補給が断たれ、
長きにわたって包囲されたまま外部から支援を受けなくなると落とされるものである" ──」

「グルカン・ドニヒューの著書、 "戦争論" 第3章に書かれている内容ですね。」

ウオシスが言葉を遮ったが、ラミンは穏やかな表情で頷きながら話を続けた。

「ですが、開国の功臣であり名将であるグルカン・ドニヒュー将軍の言葉とは違い、
星の塔は難攻不落そのものです。現実はしばしば理論を越えると言いますか……。
もしシャッフェンスターの団員たちが星の塔に引きこもり、
老いて矢を放つ力も残ってないほど年月が経ってから辛うじて占領できると言うなら、
それは事実上まぎれもなく難攻不落の要塞でしょう。
女神の助けでも受けられない限り、
ジャカリエル大王や開国の戦争当時の名将が全員生き返ったとしても、
星の塔を落とすには団員たちが老いて死ぬまで待つしかありません。」

「たしかにそうかもしれません。
とはいえ、現実は理論と違うという点で言うなら、
その手のクーデターは内部の一人の裏切り者によって崩れることも少なくありませんが。」

「たしかに、歴史上では何度かそういうことが起きていますね。
問題は、星の塔が相手ではそのような幸運にしか頼れないということです。
私は王国の将軍として、その気になればいつでも王国の法を無視できる集団がいる……という
その可能性には、目を光らせておくべきだと思っています。」

「なるほど、分かりました。
……では、まだ起きてもいないことへの心配はこれくらいにして、
我々のこれからのことについて話し合いましょう。
ラミン将軍は、この領地争いと二つの傭兵団の対立状況をどう打破するお考えですか? 」

「現在、あなたとクエラ殿はどうすることもできずににらみ合っている状況です。
それぞれの領主から受け取る報酬の額は決まっていますから、
長引くほどお二人の金銭的被害は大きくなる一方でしょう。
何度か戦闘はあったようですが、勝負はつきませんでした。
とはいえ、本気で戦えば致命的な量の死傷者が出る可能性もあり、
そうなるとその補償金で、両陣営とも多大な損害が生じるでしょう。
傭兵団長のあなたを前にあえて一般論を言いますが、
正直傭兵というのは、報酬をもらった分だけ戦うふりをしたり、
死傷者への補償金などの関係で八百長じみたことをしたりするものではありませんか? 」

「私に、傭兵団の世俗的な理解について遠慮する必要はありませんよ。
状況を終息させる必要性……とくに利益を追求することを生業とする傭兵団として、
それは私としても理解しています。
世の中の人々は、金に目がくらんだクエラのところのような団をまず想像するのでしょうが、
私にも経済観念はあります。そうでないと傭兵団を率いることなどできませんので。」

「分かりました。では、手短に伝えます。ここから離れてください。
小耳に挟みましたが、王国首都で闘技場を運営しているフリアムから
彼の育てた剣闘士たちを雇う契約を控えているそうですね。
その契約が成立すると、おそらく前払い金だけではなく、
ほかのさまざまな財産や機会も失うことになると思われます。
領地戦闘契約を破棄し、今すぐ引き上げてください。
ここに残っていても、勝たないかぎり報酬は受け取れないでしょう。
ですが、契約が成立したにも関わらず負けてしまったときのことを考えると……。
損害を最小限に抑えたいなら、今すぐ引き上げるしかありません。」

「たしかにお金のことだけを考えるなら、それが最も合理的で危険も最小限に抑えられます。ですが──」

「我々が、クリーク殿が拠点としているここを守ります。
そうすれば、 "刃の誓い傭兵団" は絶対に我々を攻撃できません。
王国軍を攻撃するとは考えにくく、もし戦闘が起きたとしても我々は喜んで戦います。
マスタークエラの実力を自分の目で確かめられることになりますから。」

「法的に問題があるのでは? 」

「先ほど申し上げましたとおり、
マスタークエラと彼の傭兵団が占領している城塞を軍用地として使うから渡せ、と返します。
儀典大臣と軍務大臣の耳に話が入り、最終的には私に引き上げ命令が出されると思いますが、
それなりに時間がかかるはずです。
上からの軍用地探索命令を拡大解釈したと懲戒処分が下されるかもしれませんが、それは覚悟のうえ。
もし首都にいる私の上官にあたるヴィンセンタス将軍とその仲間の将校たちを説得できれば、
本当に軍用地として認可が下りるかもしれません。
そうなればお二人のマスターを雇った領主たちは、名声財政ともに大きな打撃を受けます。
ですが、ティレニス王子やカオニラ姫のような王室の方たちは軍部に好意的で、
私の友人ヘオシャ将軍とエラナデイルとは個人的な親交もありますから、
結果的に執政の失敗を咎められたとしても、階級が下がることはないでしょう。
これは儀典大臣の権限であるため、思いどおりにはいかないと思いますが、
領民からの信頼が多少下がるか、悪くても一時停職になるか……という程度だと思います。」

「どうせなら、軍用地として渡す場合は
駐屯費用も領地側に払ってもらうと主張した方がいいかもしれません。
二人の領主のどちらが領地を手に入れたとしても、
駐屯した王国軍の維持費用を払わせることで、実質得がないと印象付けるのです。」

「実に良いお考えです。
実際はそうそううまくはいかないと思いますが、
そのような無理な要求を押しつければ二人の領主も考え直すでしょう。
それをきっかけにして、適切に領地を分けようとする案が再び出れば、
以前とは違い前向きに考えてくれる可能性も高くなると思います。」

「それはマスタークエラから進言するよう、段取りをお願いします。
その提案ができるのは、すでに我が部隊が戦場を去ったあとになると思いますからね。
クエラも、この争いの終息に大きな影響を与えたという理由で
成功報酬を二人の領主からもらえるであろうことを考えれば、断りはしないはずです。」

「ハハハッ、それは良きライバルである同業者への配慮ですか? 」

「そういうことにしておきましょう。では、ただちに引き上げる準備をします。
私がいないあいだ、こちらの雇い主が報酬を支払えなくなるような目に合わないよう、しっかりお守りください。」

「このラミンを信じられませんか?
王国軍ではそれなりに腕の立つ将軍と言われているのですがね。」

「信じていなかったら、そもそも引き上げたりはしませんよ。」

「感謝を申し上げます、マスタークリーク。」

「こちらこそ。良い提案をしてくださったことに感謝を申し上げます、ラミン将軍。」

二人は立ち上がって固い握手を交わした。

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